5月25日よりCAI03では7年ぶりとなる祭太郎 個展を開催します。
1998年頃から上半身裸で前掛け姿、ウサ耳の被り物をしたユニークな装いとなり街中で突然受け身を取るパフォーマンスを始め周囲のリアクションも含めた映像作品を制作しアーテイストとしての立ち位置を築いています。2002年に「とかち国際現代アート展デメーテル」に参加したことをきっかけに祭の妖精、祭太郎と自ら命名。現在までギャラリー、美術館、札幌市主催のアートステージなどでパフォーマンスを行い、札幌市近郊の石狩で開催されるRISING SUN ROCK FESTIVALには20年連続で名物パフォーマーとして登場し全国のロックファンにも名をはせています。今回の個展は自身の祖母にアイヌの血があった事、さらに曾祖父の故郷は古代祭祀主族ゆかりの地(徳島県麻植郡)だった事を知り、自らのルーツとアーティスト祭太郎を繋ぐ考察を作品化しています。
日本の歴史、神話をも内包した祭太郎の現在をご高覧ください。
祭 太郎
私は生きている。
上書きされた文化の中で生きている。
覆い隠された事を知らないまま、次々と新しい問題が現れる。解決するために、時に強迫観念に襲われる。そんな時、内部感覚をオフにして、集中することだ。ねじれた身体と心は一時の力が沸き起こり脳内に覚醒を起こす。しかし、ねじられた身体は、元には簡単に戻らない。身体は固まり、問題は雨のように降ってくる。身体は固まり溜め池と化す。私は疲弊する。いつの間にか、意識下され、家族化、社会化された世界の問題は、力で絶えず繰り返し、変幻する。原形は覆い隠された形で誘惑してくる。私の肉体が生きている以上、繰り返される誘惑が一体何かを知る必要がある。私には回復できる力が備わっていることを自覚しなければならない。
これまで出会った人や家族、先祖の歴史を頼りに、人や物の縁を改めて問い直す作業をはじめた。路上で1人、相手から攻撃を受けたかのような後ろ受け身をとり、その後、うさぎのような耳をつけたマスク姿になり、祭太郎という名に変え、ロックフェスの空間では、2泊3日、太陽が登るまで、口上を述べ和太鼓を叩き続けた。東洋思想に感銘を受け鍼灸師になり、身体を学び、気や霊の存在を知る。
祖母にアイヌの血があった事を知り、曾祖父の故郷は古代祭祀主族ゆかりの地だった事を知る。
縁を通じて、魂を自覚し彷徨い始めて約33年、人や物、事が数珠繋ぎのように現在も続いている。
今回の展示は神仏と祭りについて、イメージし予感した約5年間の平面作品。その後、父の死をきっかけで動いたご縁で繋がった弘法大師・空海、大師ゆかりの場所を訪れイメージをさらに重複させ描いた平面作品。この二つが柱となっている。
この地の真の伝統とは、自然と人間社会が、顕在と潜在の意識下で結ばれ続け、他を異物とせず排除せず、たえず習合しては、変幻し、生き直すことで、回復させてきた。その土地、土地で表現されてきた文化は、どれも自然豊かな地が新たに生み、淀み止まった物を鎮め、繋いできたものでないかと夢想する。しかし、綺麗事では済まない変幻された現実は、原形、根の本を簡単に覆い隠す。
原形を思い調和を祈念し呼吸を通じて整える。
音の響き、風を読んで、火の形を念写する。
自然の合理性、偶然の必然性を経験値としながら平面作品に落とし込んだ。
それが私のまつりのみたま、みたまのながれ。現在のそれである。